こだわりの食事と心地よい雰囲気のバランスが魅力的なビブグルマン獲得の名店「食堂 ユの木」

月島のメイン商店街「もんじゃストリート」。その左右には細い横丁が何本も伸び、それぞれが大通りと繋がっている。こうした裏路地には最近多くの飲食店が開店し、美味しい店が多いと話題に上ることも多く、「食堂 ユの木」もそんな店のひとつだ。

食堂と冠していてもその実は小料理屋。店主の土屋為芳氏は長年懐石料理の店で研鑽した本格志向の和食人で、「ミシュランガイド東京2023」でビブグルマンと評価されたことからも、その美味しさは折り紙付きだ。そんな土屋さんがなぜ、月島の裏路地に小さな店を持つに至ったのだろうか。その思いと、土屋さんの感じる月島の魅力について伺った。

「食堂 ユの木」土屋 為芳(ゆきよし)さん
「食堂 ユの木」土屋 為芳(ゆきよし)さん

――まずは、土屋さんのこれまでの経歴と、「食堂 ユの木」を開いた経緯・思いをお聞かせください。

土屋さん 僕はもともと懐石料理の店で働いていました。そのお店は80人程が入れる広さのある、昔からの「料亭」のようなお店で、働き始めたころはには自分のお店を持つとは思っていなかったのですが、30歳の時に料理長になっていろいろな思いが出てくるようになりました。「自分で店をやれば、もっと自分のやりたいことができるんじゃないか」と思ったのがきっかけですね。

店を辞めて、懐石だけだと少し寂しいなと思い、勉強のために居酒屋に入ったり、大衆居酒屋文化を知るために食べ歩きをしたりもしました。これまでは食べ歩きと言えばわりと高級なお店しか行っていなかったので、大衆文化に触れようと思ったんです。その後、西葛西で最初に自分のお店を出しました。

西葛西では大衆的な雰囲気のお店として、それなりに人気はあったのですが「自分には少し合っていないな」という思いがありました。そこにたまたま、市場が築地から豊洲に移転するという話が出てきました。築地市場には仕入れのために、西葛西からずっと通っていたのですが、豊洲に移ったらもう通えなくなると思っていました。ただ、「市場から仕入れる」ということは自分が本当にやりたかったことなので、「じゃあ豊洲に近い場所に移転しよう」と決めました。

知り合いの不動産屋さんにお願いをして、1年くらいかけてここを見つけて、店を持つことになりました。当時は、月島にこだわっていたわけではないんですよ。でも今は住居もこちらに移して、徒歩5分くらいのところで暮らしています。月島っ子です。

細い路地を入った先にあらわれる「食堂 ユの木」
細い路地を入った先にあらわれる「食堂 ユの木」

――豊洲市場に行けることがきっかけだったんですね。お店の開業はいつですか?

土屋さん 2017(平成29)年の3月に開業しました。雰囲気も前の大衆的な感じとはだいぶ変えて、割烹と居酒屋の間のイメージかなと思います。

――月島エリアの客層に合わせたということでしょうか?

土屋さん いえ、僕はいわゆる「ターゲット」は全然考えていないんですね。自分が作りたいものを作って「どうですか?」という感覚でお客様と向き合っています。そのため、年齢層とかも関係なく、若い人にも気にいっていただければ嬉しいなと思っています。

理想は「相思相愛」だと思っています。僕もお客さんを見ていて「いいな」って思っていたいし、お客さんにもそう思って欲しいです。僕はあまりお客さんと会話をするタイプではないので、メニューありきで見てもらいたいと思っていて、そういった感覚の方に来ていただけると嬉しいなと。

あたたかい木が印象深い「食堂 ユの木」の内観
あたたかい木が印象深い「食堂 ユの木」の内観

――ところで、店名の由来は何ですか?

土屋さん よく聞かれますが、思いつきです(笑)。僕の名前に「ゆき」がつくので、その語呂合わせですね。ただ「木」を漢字にしているのは、本当の木のように、年輪のようにゆっくり成長できればいいなという思いを込めています。

年輪のように1つ1つ成長していくことを理想とし、「木」の字があてられた
年輪のように1つ1つ成長していくことを理想とし、「木」の字があてられた

――開業される前に抱いていた月島の街のイメージと、今のイメージで、変化はありましたか?

土屋さん 実はそれまで「月島」と言われて浮かぶイメージは「もんじゃ焼き」くらいしかありませんでした。正直、店の場所が決まってもあんまりピンとこないなあという感じでしたね。

ただひとつ言えるのは、いいお客さんに恵まれているなということですね。一般論として、新しい土地で店を始めると、最初は珍しさからお客さんも多く入り、「上から目線」を感じることが多いんです。いろいろ言われることもあり、そこで挫折しちゃう店主さんも多いんです。

カウンター席
カウンター席

でも、僕はそんなことは気にせずに“合う人”を地道に探してきて今に至っています。最終的には「自分の大好きな空間に、嫌な人が誰もいない」という状態にしたいなと思っています。それが僕にとっても来てくれるお客さんにとっても、いちばん幸せなことだと思うんです。その意味では、早い段階でそういったお客さんに恵まれて、地元の方も遠くからの方も来てくださって、いい街に店を持てたなと思っています。

――メニュー表に価格が書かれていないのも、お客さんとの信頼関係の証なんですね。

土屋さん そうですね。市場から仕入れるものが多く、同じものでも毎回値段が変わるため、値段を固定できないということが理由のひとつです。

価格は書かれていないメニュー表
価格は書かれていないメニュー表

個々の値段よりも「お会計の時にどう思うか」が大事だと思っています。最終的に体感として「あ、この金額か」という感覚、あるじゃないですか。高くてもいいと思うこともあるし、この内容でこの値段は高いなって思うこともある。それはお客さんの価値観なんですね。そうすると料理の個々の値段はあまり関係ないなと。

――おすすめのメニューを教えてください。

土屋さん ひとつは、席に着いたらまずお出しする「突き出し」ですね。全員の方に無理矢理お出ししているものなので、やはり気合いは入っています。まずはお客さんに対して名刺代わりの突き出し、その後に自由度があるというのは良いと思うんですよね。突き出しは6品をひとつのお盆に入れてお出しする形ととっていて、12か月で最低12回は変わりますが、季節を追っていくような内容としています。

そのため“定番の一品”というものは無いのですが、こだわっている点としては、その6品の中に「五味、五色、五法」を入れるということですね。和食の世界の言葉で、甘い、酸っぱいなどいろいろな味が乗るように、また、煮る、焼く、蒸すなどいろいろな技法が入るように意識しています。

「五味、五色、五法」のこだわりをつめた「突き出し」
「五味、五色、五法」のこだわりをつめた「突き出し」

――コース料理は設定されていないのですね。

土屋さん そうなんです。なぜかと言えば、高いところは「おまかせ」が多いじゃないですか。僕もたまにそういう店にも行きますが、うちはそのイメージとは違うなと。自分が表現する側に立ったときに、そのスタイルには馴染めないなと思いました。そのため、コースもおまかせも無いのですが、このスタイルで「ユの木」を受け入れてくれて、有難いですね。メニューの値段は今後タイミングを見計らって表記する予定ではいます。

――ほかにもおすすめの一品があれば教えてください。

土屋さん 「いわしの梅煮」「しうまい」「いぶりがっこのクリームコロッケ」「切干大根じゃこ山椒煮」「おから」あたりが定番商品ですね。あとはやっぱり、お刺身も力を入れているので、ぜひ食べていただきたいです。

豊洲で仕入れた魚を使ったお刺身は、ぜひ何度も味わいたい
豊洲で仕入れた魚を使ったお刺身は、ぜひ何度も味わいたい

――魚は豊洲で仕入れているのですね。

土屋さん もちろんそうですね、自分で見て決めていますよ。魚は種類によって、一番美味しい大きさというのがあります。そういった所も含めて見極めて買っているので、美味しいと思いますよ。ただ自然のものですから味のクオリティは毎回変わりますね。これはもう僕らではどうしようもできないところです。

最高に美味しいお魚に出会うためには、何回も来ていただくしかないですね。野球を年間1回しか見に行かない人は、そうそうホームランを見られないわけです。値段をあまり高くしたくないのもそういった理由でして、その分何度も来ていただけるような形にしています。

お皿やお椀が整然と並ぶ
お皿やお椀が整然と並ぶ

――最近のニュースとして『ミシュランガイド2023』のビブグルマンに掲載されたという話題もありますが、客層に変化はありましたか?

土屋さん そうですね、今までと違う客層の方が来られるようになって、またひとつ年輪が加わったかなと感じています。今までよりも裾野が広がった感じはあります。

――土屋さんは実際に月島にお住まいということですが、月島の街の魅力はどんな点だと思われますか?

土屋さん 実際に数年暮らしてみて、交通が便利なのはもちろんですが、いろいろな形で街が変化していて「未来に希望がある街」だなと思っています。マンションもどんどんできて、新しい住民の方も増えて。僕は勝手に「裏月島」と呼んでいるのですが、大通りから一歩入った裏通り的なところに、もんじゃと焼肉以外の飲食店も増えてきていて、面白い街になってきていると思います。

銀座エリアも近く、アクセス性も抜群な月島
銀座エリアも近く、アクセス性も抜群な月島

――お忙しいとは思いますが、休日のお出かけや普段のリフレッシュなどで、おすすめのスポットがあれば教えてください。

土屋さん お気に入りはやっぱり隅田川ですね。隅田川沿いをよくランニングしています。時間がある時には週に3回くらい、最低でも週に1回は走っていますが、気持ちいいですよ。

あと、飲食店もお洒落なところが増えてきているので、おすすめですね。うちの2階もテキーラバーですし、近くに「新井建具店」という古民家風のバーがあります。探せば面白いお店がいくつもありますよ。

ランニングも心地よい隅田川沿い
ランニングも心地よい隅田川沿い

――最後に、これから月島に住みたいという方に向けてメッセージをお願いします。

土屋さん 月島は便利で未来がある街なので、住んでもらえれば良さが分かっていただけると思います。もんじゃで有名ですが、ほかにも美味しい店がたくさんあるので、食べ歩きも楽しめると思います。

その中で一度うちの店にも来ていただいて、気に入ってもらえたら、1か月に1回くらいファミレスに行くような感じで気軽に来ていただくと、きっと楽しんでいただけるのかなと思います。お会いできるのを楽しみにしています。

 

東京都中央区月島「食堂 ユの木」
東京都中央区月島「食堂 ユの木」

食堂 ユの木

店主 土屋 為芳(ゆきよし)さん
所在地:東京都中央区月島3-14-2
URL:https://restaurant-48510.business.site/?m=true
※この情報は2023(令和5)年2月時点のものです。

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