Special interview01

芝大門の街と共に、過去・現在・未来へと歩み続ける歴史ある神社――「芝大神宮」宮司 勝田博之さん

「東京タワー」や「増上寺」とともに、芝大門の街のシンボルのひとつとして愛されている「芝大神宮」。この神社の歴史は約1,000年も前に遡り、「伊勢神宮」と同じご祭神であることから「関東のお伊勢様」という愛称でも親しまれてきた。現在、この大神宮のトップを務められているのは、宮司・勝田博之さん。その明るい親近感のあるお人柄から、地域や企業からの信頼も厚く、神社は「心の拠り所」であると同時に、地域の人々の意見を集約する場ともなっているという。今回は勝田さんに、「芝大神宮」とその神社が見守ってきた街の魅力についてお話を聞いた。

お話をお聞きした宮司 勝田さん
お話をお聞きした宮司 勝田さん

「関東のお伊勢様」として昔から多くの人々が集う土地だった

――まず、芝大神宮の概要について教えてください。

勝田さん:日本には神社が約8万社ありますが、その一番の元(もと)は「伊勢神宮」いわゆる「お伊勢様」と言われています。「伊勢神宮」は天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)をお祀りしている神社ですが、この「芝大神宮」も同じ神様をご祭神としており、約1,000年前に伊勢から現在は六本木の飯倉(いいぐら)の地に御霊が来まして、「飯倉神明宮」として鎮座しました。
徳川時代に「増上寺」が紀尾井町から今の場所に遷りましたが、それに伴って、「飯倉神明宮」のある方位が徳川家ゆかりの「増上寺」に対して“良くない方位”にあるということで、江戸前期に現在のこの場所に遷ったと言われています。それ以降は「芝神明宮」、今は「芝大神宮」と呼ばれるようになりました。

芝大神宮鳥居
芝大神宮鳥居

――江戸時代は、気軽に「伊勢参り」ができるということで人気を集められたそうですね。

勝田さん:そうですね。江戸時代には「一生に一度はお伊勢様」と言われていましたけれども、当時の人々にとっては莫大な費用と時間がかかることでした。だからこそ江戸や関東以北の人々が、「伊勢神宮」と同じ神様を祀っている当宮に「関東のお伊勢様」として足を運んで、お伊勢参りの代わりにする人々が多かったようです。それが当宮繁栄の理由でもあります。

――通年さまざまな神事、行事を行っていらっしゃるようですね。ぜひお祭りについても教えてください。

勝田さん:9月に行われる「だらだら祭り」は年に一度の例大祭を指しております。もともとは、毎年9月16日に行われる単日のお祭りでしたが、江戸時代に入って参拝者があまりにも多かったため、16日を中心に、前後の5日間、つまり11日から21日までの11日間のお祭りにしよう、ということになりまして。この時期はちょうど秋の長雨の時期でもあり、なんとなく「だらだら」しているということで、通称「だらだら祭り」と呼ばれるようになったそうです。
これに対して江戸の庶民は「太い」という字に「良い」という字を書いて「太良太良(だらだら)」と読んでいたそうです。江戸の庶民の粋な一面が垣間見れますよね(笑)。

芝大神宮本殿
芝大神宮本殿

他の神社同様に、新年の「元旦祭」や「節分祭」といった祭事ももちろんあります。当宮ならではの祭事としては、毎年10月に行っている「貯金祭」ですね。これは貯蓄に加護をお祈りするという行事です。
「元旦祭」も含め、毎年同じ日に行っているお祭りを「恒例祭」と言いますけれども、こういったものには地元の方、または地元企業の方の参加が比較的多いと感じます。

人と企業が「面」で関わり、街を守っていこうという共通のポリシーが存在する街

――お祭りや氏子などを通して、地域との関わりも深いかと思います。地域と一緒に企画をしたり、地域づくりに協力をしたり、という機会はありますか?

勝田さん:先ほど申し上げたようなお祭り以外にも、普段の集まりなどを通して、「街をどうやって守っていくか」ということを考えるための「拠り所」として、「芝大神宮」を頼ってくださっている方は多いと思います。ここ芝以外にも、日本橋や神田といった街も同様と思いますが、長年そこに暮らしている方々や、老舗の店が多い地域では、「みんなで土地を守っていこう」という大きな共通のポリシーが流れていて、その中心に神社があるんですね。

芝大門の街について語る勝田さん
芝大門の街について語る勝田さん

例えば「あそこに新しい何かができるみたいだ」という話が出てきたら、(その土地の所有者が)「自分だけでやればいい」ということにはならずに、「街に合ったものをつくろう」「街を良くするものをつくろう」ということで、街全体が連携して取り組んでいく風潮があります。ですから、この辺りの土地では(自分勝手につくられた)“おかしなもの”は受け入れられないんです。たとえできたとしても、淘汰されてしまいますね。

――「地域を守っていこう、良くしていこう」というポリシーに共感した人々や企業が、この街には根付いているということですね。

勝田さん:そういうことですね。土地というのはやはり「人ありき」です。人と人のつながりの有無で、地域のありようというのは変わってきます。街のいろんな人たちが関わって、皆で考えていくことで、街の雰囲気を壊さず、きれいに開発を進めることができると思います。
この芝の街の中心に当宮が位置しているのはとても誇らしいことだと思いますし、その分責任もありますから、街の将来を見据えて「街のために何ができるのか」という点も大切に意識しています。そういう点で言うと、芝はうまく開発が進んでいる土地だと感じていて、この土地に住む人と(開発をする)企業の方がしっかりと話し合って、「点」ではなく「面」で関わり合い、お互いの合意のもとに開発を進められていると思います。

境内の狛犬
境内の狛犬

様々な表情を持つ芝大門。この街でしか過ごせない時間がある

――長年この地にお住まいの方の一人として、この街の魅力はどこにあると思われますか?

勝田さん:港区は「芝区」というものが前身になっていまして、芝区に高輪区と赤坂区が合併して現在の港区になりました。芝大門という場所には、区役所もあるし、東京タワーもあるし、芝公園もあるし、ある意味港区の中心でもあるんですね。非常に文化的で、将来を見据えた先進の土地であると思っています。暮らしの場所としても、大変いいところです。

おすすめのスポットとしては、まずこの「芝大神宮」ですね(笑)。また、「東京タワー」と「増上寺」はもちろん。それから、「世界貿易センタービル」ですね。実は(「世界貿易センタービル」の位置する)「浜松町」という名前はもともと、江戸時代に(静岡県の)浜松から出てきた人がここで大成して、生まれ故郷から職人たちを呼んで商売の街を作り上げたということに由来していると言われているため、(浜松町は)「繁栄の土地」とも言われているんですね。この話はあまり知られていませんけれども、非常に「縁起のいい土地」だという点も魅力だと思います。

「世界貿易センタービルディング」が建つ浜松町は「繁栄の土地」としての由縁がある
「世界貿易センタービルディング」が建つ浜松町は「繁栄の土地」としての由縁がある

あとは、特に場所ではないですけれども、「朝」がいいですね。芝大門という土地は昼間の顔と夜の顔、平日の顔と休日の顔が全然違っている点がおもしろいです。平日は先進的なオフィス街ですけれども、休日、または夕刻になるとぐっと静かなところに変わります。ある意味“動”と“静”の「ふたつの顔」を持っている土地と言えますね。

都心にいながら緑に癒される「芝公園」
都心にいながら緑に癒される「芝公園」

この街の朝は、空気がすごく澄んでいてきれいです。「芝公園」をジョギングしている方も多いですね。やはり落ち着いた朝の時間があると、1日のスタートの気持ちを整えられるでしょうし、会社に勤めていらっしゃる方でも、この街は交通アクセスが非常によいので、恐らく通勤にも時間はかからないはず。そうすると夜の時間も充実させられますよね。1日の限られた時間を有効に使える、そういった「時間」を求めてやってくる人が多い街かもしれませんね。

――これから芝大門エリアに暮らしたいという方に向けて、メッセージをお願いします。

勝田さん:都会の中心ですから土地は高いですけれども(笑)、それ相応の価値を持つ「時と場を得られる街」だと思います。これからこの街にお住まいになる方には、ぜひこの素晴らしいロケーションを有効に使って、人生を謳歌していただきたいですね。

勝田博之さん
勝田博之さん

芝大神宮

宮司 勝田博之さん
所在地 :港区芝大門1-12-7
TEL :03-3431-4802
URL:http://www.shibadaijingu.com/
※この情報は2019(令和元)年6月時点のものです。