エリアコラム

洗練された歴史文化や自然に囲まれて過ごす、癒しの時間

都内有数の住宅地として知られる南青山エリアは長い歴史を持つ街でもある。歴史は深い文化を育み、今も多くの文化施設が集まる。

大名屋敷街として発展

江戸時代の南青山エリアは大名屋敷が集まる街だった。青山という地名も、徳川家に仕えていた大名であった青山家の屋敷があったことに由来する。現在の青山通りの北側に宗家の北青山家下屋敷、南側には分家の南青山家下屋敷があったという。「青山霊園」は南青山家下屋敷の跡地の一部を利用して整備されたものだ。

南青山七丁目付近にはかつて薩摩藩島津家の下屋敷があった。古くからこの地に“千両の値打ちが付くほどの銘木”と賞賛された見事な枝ぶりの松の古木「常盤松」があったため、これが常盤松町という地名の由来になったという。この名前は1966(昭和41)年まで実際の町名として使われ続け、現在は「常盤松の碑」が残り、当時の面影を伝えている。

南青山七丁目周辺。落ち着いた住宅街が広がる
南青山七丁目周辺。落ち着いた住宅街が広がる

また、このエリアにはかつてヴィンテージマンションとして知られた「常盤松ハウス」があった。古くは高木主水正の屋敷があり、その高木邸に由来して青山高樹町という町名が誕生したと言われている。1965(昭和40)年の住居表示により青山高樹町という町名は使われなくなったものの、首都高速3号渋谷線の「高樹町」出入口や六本木通りと骨董通りが交わる高樹町交差点にその名が残されているのだそう。

江戸時代から続く寺社が点在

南青山エリアには長い歴史を持つ寺社も多い。エリアの北、神宮前二丁目にある「青山熊野神社」は神宮前・北青山の総鎮守として親しまれてきた。この神社はもともと、江戸時代に紀州徳川家の屋敷内に創建されたもので、その後、現在の場所に移されたという。祭礼は「青山に過ぎたるものが二つあり、鳶の薬缶に原宿の山車」とうたわれるほど壮大で、江戸時代には「江戸名所図会」にも描かれる名所だったそうだ。

「青山熊野神社」
「青山熊野神社」

南青山三丁目交差点近くの「梅窓院」は青山家の屋敷内に建立されたことが起源となる。青山家の菩提寺として信仰を集めたほか、著名人の墓も多い。

大正時代に「明治神宮」が完成すると、表参道交差点から「明治神宮」への表参道も整備され、街路樹としてケヤキが植えられた。第二次世界大戦中の空襲で当時のケヤキの大部分は失われたものの、その後植え直されたケヤキが現在も街に潤いを与えている。

ケヤキ並木がシンボルのひとつとなっている表参道
ケヤキ並木がシンボルのひとつとなっている表参道

緑に親しめるスポットや文化施設が身近

南青山周辺には多くの文化施設が集まる。エリアの北東にある「根津美術館」は国宝「燕子花図屏風」を所蔵することで知られる。「根津美術館」の西には、日本を代表する現代美術家である岡本太郎の自宅兼アトリエを改装した「岡本太郎記念館」もある。

「根津美術館」からさらに東へ歩けば、「国立新美術館」、「森美術館」、「サントリー美術館」が集まる六本木だ。この3つの美術館は六本木アートトライアングルとも呼ばれ、散策がてら鑑賞に訪れるのも心地よいひと時になるだろう。

「根津美術館」
「根津美術館」

加えて周辺には「常磐松公園」、「広尾東公園」、「笄児童遊園」など子どもの遊び場や地域の憩いの場として親しまれている公園も多い。

エリアから南へ向かえば、豊かな緑に彩られ、日本庭園もある「有栖川宮記念公園」も広がる。園内には「都立中央図書館」も併設されており、読書も気軽に楽しめる。少し足を延ばせば、「青山霊園」や「代々木公園」など桜の名所もある。

「青山霊園」。春には桜の名所としても知られる
「青山霊園」。春には桜の名所としても知られる

長い歴史と豊かな緑、豊富な文化施設が揃う港区南青山。ここでは都心にありながら、ゆったりとした時間を楽しめそうだ。

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