根っからの“しながわっこ”、「平野屋フードマーケット」社長・堀江新三さんが目指す将来像とは

東海道の第一宿として栄えた「品川宿」。かつて「品川宿」があった場所の一部は、現在「青物横丁商店街」として、地域の人々の暮らしを支える商店街となっている。「青物横丁商店街」のほぼ中央に位置する「平野屋フードマーケット」は、地域の台所としての地域からの信頼も厚い、江戸時代から続く老舗の商店だ。今回は「平野屋フードマーケット」の社長であり、「青物横丁商店街振興会」や「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」の会長も務めるなど、積極的に地域で活動されている堀江新三さんのもとを訪れ、店の歴史や地域活動についてお話を伺った。

地域との関りが深い堀江新三さんにお話を聞きました
地域との関りが深い堀江新三さんにお話を聞きました

生まれも育ちも青物横丁。力強く生きた高度成長時代。

――堀江さんは長く青物横丁に住まわれているのですね。

堀江さん:生まれも育ちもここ青物横丁で、約70年間ここに住んでいます。「平野屋フードマーケット」は現在はスーパーマーケットとなっていますが、酒屋と乾物屋として江戸時代に創業しました。昔はこの辺りに町工場や火力発電所、専売公社の工場がたくさんありましたから、そこで働く人がこの地域にはたくさんいて、大事なお客様になっていました。

1800(寛政12)年からこの地域で商売を営む「平野屋」
1800(寛政12)年からこの地域で商売を営む「平野屋」

ただ、高度経済成長期に入り、日本がすごく成長を遂げている時、逆にこの地域は地元の漁師がいなくなったり騒音問題で町工場が郊外の工業団地に移ってしまったりと、一番廃れてしまった時でもありました。

1980年代になると町工場跡にマンションが建ち始め、街にも現在のような活気が生まれました。そうして新しく移り住んできた近隣のマンションの住民の皆さんに多く利用していただくようになり、1983(昭和58)年にお店を改装し、現在の「平野屋フードマーケット」の姿になりました。

現在は、周辺住民の生活を支える便利なスーパーマーケットに。
現在は、周辺住民の生活を支える便利なスーパーマーケットに。

――堀江さんが子どもの頃、この街はどんな雰囲気だったのでしょうか?

堀江さん:私が生まれた頃は高度経済成長期で、日本がすごい勢いで成長している時代でした。私の両親も毎日忙しそうに働いていたのを子どもながらに覚えています。子どもはいつも何十人かとどこかに集まって、必ずガキ大将がいました。よその地域の子どもと勢力争いもすれば一緒に遊ぶこともある。そんな時代でした。今「イオン(品川シーサイド店)」がある向こう側は、昔は全部海になっていて、よく岸壁でハゼ釣りなんかもしたものです。

――堀江さんご自身の街との関りはいかがでしたか?

堀江さん:大人になるにつれて、何かあると私が帰る前に既に家に伝わっているような、そんな下町のしがらみのようなものがだんだん嫌になってきてしまって、16歳の頃から大井町に友人同士で住むようになりました。大学卒業後も、就職をして、働いたお金で海外に旅行や働きに行ったりとここにも戻らずに、自由に生きていたのですが、29か30歳になった頃、日本に戻った時に母が病気で入院していることを知りました。その時に親不孝をしたなあ…と深く後悔をしまして、心を入れ替えて10ヶ月ほど他のスーパーマーケットで修業をしてここに戻って働くことに決めました。

まちづくりの原点は「祭り」を楽しむ事

――「青物横丁商店街振興会」と「旧東海道品川宿周辺まちづくり」の会長もされているとお聞きしました。

堀江さん:はい。まず「青物横丁商店街」は、歴史を感じさせる文化遺産が存在すると同時に、隣接するベイエリアには高層マンションやオフィスビルが建ち並ぶ、新旧が融合する商店街です。地域の人々からは「あおよこ」の名称で親しまれています。

「あおよこ」の愛称で親しまれる「青物横丁商店街」
「あおよこ」の愛称で親しまれる「青物横丁商店街」

品川宿は、年間を通して祭りやイベントの開催が多いのが特徴で、1月は「東海七福神めぐり」、2月は「初午祭」、3月はお花見、4月は「しながわ運河まつり」、6月には「荏原神社」(南品川)と「品川神社」(北品川)の例大祭が始まります。そして7月には「天妙國寺」で3日間に及ぶ盆踊り、8月は各地区でレクリエーション、9月は「しながわ宿場まつり」、10月は「御会式」、12月は地域の火の用心、その他にも各地区での運動会や防災訓練などがあり、商店街では一年中催し物が行われています。

年間を通して賑わい溢れるエリア(写真は「しながわ運河まつり」の様子)
年間を通して賑わい溢れるエリア(写真は「しながわ運河まつり」の様子)

私たちは商店街の活性化は目指していますが、「ただ人が来るだけ」というものは目指していません。商店街を訪れる人が楽しむのはもちろんですが、「商店街の人たち自身が楽しむ街」にしたいと考えています。みんなが楽しくしていれば、おのずと人が集まってくる雰囲気の街になると考えます。最近では東品川のマンションに引っ越してきた新しい若い人たちが、積極的に地域の祭りやイベントに参加してくれています。お子さんを品川宿が地元の“しながわっこ”にしたいと言ってくれ、様々な工夫や企画、アイディアを提案して実行してくれています。商店街に活気があって祭りが続けられているのも、彼らの力がとても大きいと思います。

旧東海道・品川宿を活かしたまちづくりを計画
旧東海道・品川宿を活かしたまちづくりを計画

堀江さん: 続いて「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」についてですが、品川宿は歴史と文化に彩られた人情の厚い街です。この環境を後世に伝え、東海道の歴史性を活かしたまちづくりを進めることを目的に、1988(昭和63)年、品川宿周辺の町会、商店街、商店会が協力して設立しました。

「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」では、2009(平成7)年に「東海道品川宿まちづくり計画書」で掲げた「次代を担う子どもたちに、いつまでも祭りが続けられるまちを伝えていく」を目標に、各事業やプロジェクトを行っています。ずっと住んでいると、ここが東海道や品川宿だった素晴らしい場所だということを意識しないで生活してしまうものです。そこでもう一度自分たちが住む街の歴史を考えて東海道や宿場町という視点から街を見直そうと思いました。

趣ある商店街
趣ある商店街

主な活動は、ホームページ制作をはじめ、「品川宿 かわら版」の配布や、「かわら版」Facebookページの運営などの広報活動、散策、観光などで訪れる方々の無料お休み処「品川宿交流館」の運営・イベント、ワークショップ企画、石畳整備、街路灯整備、店舗ファサート整備などの「まち並整備プロジェクト」、周辺エリアでの清掃活動、Eボート体験、釣り・生き物調査、「しながわ運河まつり」の運営を行う「水辺プロジェクト」など多岐に渡ります。

若い人たちの力や視点も地域の原動力に。(写真は「KAIDO books & coffee」)
若い人たちの力や視点も地域の原動力に。(写真は「KAIDO books & coffee」)

街が発展していくには外部の人が“ここで何かしたい”、“商売をしたい”、“住んでみたい”と思うことがとても大事です。街路灯一つをとっても、ここは何か違うな、とこだわりを感じてもらうことが必要ですし、何よりも若い人たちがのびのびと活動できるような環境づくりをすることが大事です。それをサポートすることが地元の人間としての役割だと思います。

人と人とのつながりが心地よい街。“しながわっこ”になって欲しい!

――この街に住んでみたいという方にメッセージをお願いします

堀江さん:この街を一言で表現すると、“面白い人がいる街”です。こだわりをもって頑固に営業を続けているお店もあれば、私たちのように古くからここに住んでいる人と東品川周辺の新しい人が、地域活動やまちづくりに気軽に取り組むことができて、情報交換ができることも魅力だと思います。私たちが目指している街の姿は“東京の田舎”。小さな村に温かい人と人とのつながりがあるように「まち」と「人」、「人」と「人」をつなぐ場づくりを今後もしていきたいと思います。みなさんにも、ぜひ“しながわっこ”になってもらいたいと思います!

活気ある青物横丁の街並み
活気ある青物横丁の街並み

堀江新三さん
堀江新三さん

平野屋フードマーケット社長

旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会会長
青物横丁商店街振興会会長
堀江新三さん
平野屋フードマーケット:http://www.aoyoko.ch/hiranoya/
旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会:http://shinagawa-syuku.net/
青物横丁商店街振興会:http://www.aoyoko.ch/
※この情報は2017(平成29)年8月時点のものです。