川窪万年筆店
護国寺から千石、谷根千(谷中、根津、千駄木)、上野と山手線の内側に沿うように走る「不忍通り」。この通りの周辺には明治時代以降、多くの文筆家が好んで居を構え、純文学の全盛期を作ってきた。夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介など誰もが知る文豪も、この辺りに住居を構えていたという。
そして彼ら文筆家が愛してやまないものと言えば、今も昔も「万年筆」である。途切れることなくスラスラと書け、強弱を付けられ、インクやペン先を変えてキャラクターを変えられる。修理をすれば親から子へ、孫へと受け継いで長く使える。万年筆の魅力は今でもほかに替えがたい。
不忍通りから少し内側に入った場所にある「川窪万年筆店」は、まもなく創業百年を迎えるという老舗万年筆店だ。創業は1926(昭和元)のことで、もともとは早稲田に創業し、のちにこの地に移転した。他社が大量生産に移行する中、「川窪万年筆店」は手作業にこだわり続け、現在は創業者の孫にあたる川窪克実氏が店を受け継いでいる。
「川窪万年筆店」はもともと、近隣の工場で製造されるペン先等の部品や手作りの軸を組み合わせ、オリジナルブランドの万年筆を製造して販売していた。当時は同じような業態の万年筆店が文京区内に幾つもあったという。その後、輸入万年筆や国産仕入れ品の販売や、ペン先の修理・調整など商売の幅を広げて現在に至る。
日本に万年筆が入ったのは明治時代。当時は舶来の高級品だったが、次第にそれを模して国産化しようというムーブメントが起き、明治末期から昭和初期にかけて、数多くの筆記具メーカーが生まれた。セーラー、プラチナ、パイロット、ゼブラといった老舗も、もとを辿ればこの時期の創業だ。
近年は市場規模が縮小し、周囲の同業者は軒並み廃業してしまったそうだが、「川窪万年筆店」は修理業務をメインに据えながら、店を守ってきた。そしてSNSの時代が到来し、クチコミで腕の良さが広がり、国内各地はもとより海外からも修理品が送られてくるようになった。「昔は分業だったから、何かひとつできれば良かったんだけれど、今はひとりで全部できなきゃいけない。大変な時代になりましたよ」と川窪氏はこぼすが、そこに悲壮感はなく、忙しそうに手を動かしている。
川窪氏の楽しみは、訪れるお客さんとのマニアックな会話。場所柄、ここに一見さんが訪れることは少なく、修理品の持ち込みに来る人や、生粋の文具マニアが訪れることが大半を占めるという。彼らが手にした万年筆をネタに話し込んだり、マニア同士でディープな対話をするのが川窪氏にとっては至福の時間のようだ。
ショーケースの万年筆も、一見何の変哲もないように見えるが、実は数十年前のデッドストックであったり、マイナーブランドの希少品であったり、海外から買い付けてきたものであったりと、なかなかにマニアック。お客が興味を示せば工房内のいろいろなところから自慢の万年筆コレクションを引っ張り出し、うんちくを語ってくれる。文房具好きが行けば何時間も居座ってしまいそうだ。
また、オリジナルのハンドメイドペンも空き時間に製作しており、毛細管現象を利用した素朴な竹ペン、海外から取り寄せたセルロイドブロックから削り出したマーブル柄のペン、握って使えるタイプのペン、一度に2本の線を描けるペンなど、オリジナリティの高い筆記具の展示販売もしている。映画やドラマの小道具として、オーダーメイドの万年筆を作ることもあるという。
修理に関しては非常に手広く対応しており、ペン先の曲がりや折れの修理はお手のもの。ペン先の硬さや太さ、インクの流れの調整、軸の調整や交換など、舶来、国産問わずほとんど対応してくれる。100年以上前のもの、たとえば「ひいおじちゃんが使っていた万年筆」などを持ち込んでも修理してくれる。「修理できないのはむしろ新しい年代の、圧着して造られたペン。そうじゃない昔の万年筆ならだいたい何とかなりますよ」とのことだ。
店は修理工房と一体化しており、修理のための工具がいろいろと並んでいる。先々代から受け継いだ旋盤は自身で改良を施し、逆回転にも対応させて研磨の精度を上げた。また、PCやタブレット端末なども駆使し、失われた部品で再現できるものは、3Dプリンターで出力して修理しているという。
また、万年筆のみならずボールペンやローラーボール(水性ペン)の修理にも対応しており、リフィルが絶版で手に入らないものは、中身を丸ごと入れ替えたり、軸穴の直径を広げて汎用品を入れられるよう改良したりと、あらゆる手段を講じてくれる。
「高いとか安いとかではなくて、クラフトマンシップを感じるペンが好きだね」と話していた川窪氏。あらゆる筆記具が使い捨てされる今の時代にあって、「良いものは直せばまた長く使える」と、ひたすら万年筆に向き合い、愛好家の要望にこたえ続けている。身のまわりに眠っている万年筆があるならば、この店に持ち込んでみてほしい。完璧に整備され、息を吹き返した万年筆と再会すれば、物を大事にすることの感動が味わえるはずだ。
川窪万年筆店
所在地:東京都文京区千石2-31-7
電話番号:090-9959-9950
10:00~PM8:00
https://kawakubofp.com/
詳細地図
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