スペシャルインタビュー

世界一の高層ホテルとして誕生した「京王プラザホテル」の色褪せない魅力

約半世紀前の1971(昭和46)年、それまで浄水場があった西新宿の地に47階建ての高層ホテルが誕生した。当時ホテルとして世界一の高さを誇ったこのホテルに人々は熱狂し、急速な経済成長に伴う国内外からの観光客需要を支えてきた。20年間の好景気、そしてバブルが崩壊してからの30年。その間に人々の需要は少しずつ変わってきたが、「京王プラザホテル」は“進取の気風”でその需要を取り込み、新しい時代のニーズに適応し現在も多くのファンに支えられ続けている。

今回は「京王プラザホテル」で広報のご担当として活躍されている杉浦陽子さんを訪ね、ホテルの魅力や楽しみ方、未来のビジョン、そして新宿の知られざる魅力などについてお話をうかがった。

京王プラザホテル 営業戦略室 企画広報 支配人の杉浦陽子さん
京王プラザホテル 営業戦略室 企画広報 支配人の杉浦陽子さん

約半世紀前、「世界最高層のホテル」として誕生

――まずは、「京王プラザホテル」の歴史と特徴についてお聞かせください。

杉浦さん:「京王プラザホテル」は、武蔵野のおもかげを残す「新宿」駅の西側に、「日本初の超高層ホテル」として1971(昭和46)年の6月5日にグランドオープンいたしました。当時は、「ニューヨーク ヒルトン ミッドタウン」というホテルが世界一だったのですが、それを超える47階建て、高さ約170メートルの「世界最高層のホテル」として話題になりました。

1971(昭和46)年日本初の超高層ホテルとして誕生
1971(昭和46)年日本初の超高層ホテルとして誕生

開業当時は、再開発で大きく変貌している新宿の象徴と言われておりまして、中でも最上階の47階に設けられていた「展望室」は非常に人気が高く、入場待ちの列が「新宿」駅まで続いたこともあったそうです。「展望室」には半年で100万人、5年間で400万人の来場があり、「東京の新名所」と言われておりました。

また、斬新なインテリアも当時は話題になりまして、新たなコミュニケーションの場としても、多くの方を惹きつけたということです。それから半世紀が経ち、昨年2021(令和3)年に開業50周年を迎えることができました。

開業当時、「展望室」待ちの行列が「新宿」駅まで続いたこともあったという
開業当時、「展望室」待ちの行列が「新宿」駅まで続いたこともあったという

――西新宿の高層ビル群の中でも、第一号がこのホテルだったそうですね。

杉浦さん:当時、「新宿」駅の西口地区は、1960(昭和35)年に東京都が発表した「新宿副都心計画」に沿って開発が進められていました。開発対象であった「淀橋浄水場」跡地の広大な敷地に当時の京王帝都電鉄(現在の京王電鉄)の社長だった井上定雄が着目したのが、このホテルの始まりでした。

井上は1964(昭和39)年の東京オリンピックの開催や、1970(昭和45)年のジャンボジェットの就航による大量輸送時代を見越して、「増加する海外からの観光客をお迎えするのにふさわしい、国際級のホテルを作ろう」と考え、単なる宿泊場所ではない社会的な役割を担うホテルが都市の発展には不可欠であるということでホテル建設が計画されました。

当時、新宿という地はまだ“郊外”という認識だったため、そこに1,000室規模のホテルを建てることの採算性を疑問視する声も多くあがったそうです。しかし井上には「西新宿をニューヨークのような摩天楼にしたい」という強い思いがあり、半世紀経って見てみれば、高層ビルが立ち並ぶ摩天楼のような街になっていますので、まさに、井上の望んだような未来になったのかな、と思います。

常識にとらわれず、“ありたい姿”をデザインに取り入れる

――白い外観が印象的ですね。建物のデザインにはどのような工夫があるのでしょうか。

杉浦さん:建設当時、ホテルの壁は「重厚なレンガ色」というのが常識だったそうですが、そういった常識にとらわれず「青空をレイアウトする」という思いで、このオフホワイトの外壁の色を選んだと言われています。また、「出入り口が多い」ことも当ホテルの特徴になっていますが、これは開業当時から脈々と受け継がれている「プラザ思想」がもとになっています。

当時の常識にとらわれずに、オフホワイトの外壁が採用された
当時の常識にとらわれずに、オフホワイトの外壁が採用された

「プラザ」とはスペイン語で「広場」を意味する言葉ですが、宿泊施設という概念にとらわれずに、老若男女さまざまなお客様が行き交い、つどい、思い思いの時間を自由に過ごせる、都市空間の「広場」でありたいという思いから、出入り口が多いデザインになりました。

――眺望の良さでも評判のホテルですね。客室も眺望を楽しむためのデザインになっていると聞きました。

杉浦さん:そうですね、当時と景色はだいぶ変わりましたが、眺望も「京王プラザホテル」の大きな魅力でして、その眺望を楽しんでいただくために、客室の「窓」にもひと工夫があります。建設当時、ほかの多くのホテルでは「腰高」の窓が採用されていたのですが、「京王プラザホテル」では「ひざ高」の窓をすべての客室に採用し、窓の面積も広めにとっています。

これは当時、「1部屋1太陽設計」というデザインコンセプトで設計が進められたためで、この設計思想がもたらす開放感、窓辺の憩いといったものは、今も色褪せることなくお客様に楽しんでいただけているかと思います。

眺望を楽しめるよう、客室はすべて「ひざ高」の窓が採用されている
眺望を楽しめるよう、客室はすべて「ひざ高」の窓が採用されている

ホテルをより身近に感じられるイベントや宿泊プランも魅力

――さまざまなイベントが行われたり、ユニークな宿泊プランが登場したりと、話題性も豊富なホテルですね。

杉浦さん:ありがとうございます。おっしゃる通り、開業当初からいろいろな話題性の高いイベントをおこなったり、ユニークな宿泊プランを企画したり、といったことを続けているのも、当ホテルの大きな特徴かと思います。

たとえば、いまも続いている宿泊プランのひとつ、「お正月プラン」は開業当初からあるもので、過去にはお寺から借りてきた鐘をお客様に順番に撞いていただいたりといったこともしていました。1970年代には屋上から風船で草花の種を飛ばしたり、屋上まで避難階段を駆けのぼるマラソン大会なども行われていたそうです。80年代には4階の屋外テラスに人工ゲレンデを作って、スキー講座なども行っていたということで、今ではなかなか実現が難しいような、斬新な企画が沢山行われていたホテルでもあります。

過去には、屋上から風船で草花の種を飛ばすというイベントも行った
過去には、屋上から風船で草花の種を飛ばすというイベントも行った

コロナ禍以降についても、2019(令和元)年に「新宿中央公園」にできた「SHUKNOVA(シュクノバ)」という施設の協力を得て宿泊とヨガをセットにしたプランを作ったり、流行りの「推し活」を応援するプランや、「映え」を狙ったプラン、ホテルと同じく50周年を迎えた「カップヌードル」とのコラボメニューや、館内を巡って謎解きを楽しんでもらう宿泊プランなどを企画し、ご提供してきました。

こういったイベントや親しみやすいプランなどを通して、少しハードルが高いホテルのイメージを変えて、幅広い方に楽しいただける親しみやすいホテルを目指していきたいと思っております。

――いま「京王プラザホテル」を利用するなら、どのような利用がおすすめですか?

杉浦さん:コロナ禍以前、当ホテルは宿泊のお客様の8割近くが海外からのお客様でした。現在は、国内のお客様に向け、ホテルでの滞在自体を旅行の目的にする「デスティネーションホテル」という在り方を模索しており、新しいニーズに合わせた、さまざまな新しい取り組みをしております。

「朝食の充実」もその一例でして、2022(令和4)年の1月に、ブッフェレストラン「グラスコート」の朝食メニューを一新し、「極上の朝食」をスタートしました。これは専用プランで宿泊されたお客様限定になりますが、シェフがお客様の目の前で熱々のお料理を仕上げる「ライブキッチン」が特徴になっており、お客様からも「これを食べるために泊まりました」、「こんな朝食は初めて」といった声を頂戴しています。

「極上の朝食」
「極上の朝食」

同じく2022(令和4)年の1月には、南館の最上階に、「リュクスラウンジ ~THE PLACE~」をオープンしました。グリーンを配置したり、ハンモックを置いたりしまして、リラックスして楽しんでいただけるような場所になっております。平日の14時から20時までの時間限定の利用となりますが、こちらはプランに関係なく、お泊まりの方すべてにお使いいただけます。

都内を見渡せる南館最上階34階にオープンした「リュクスラウンジ ~THE PLACE~」
都内を見渡せる南館最上階34階にオープンした「リュクスラウンジ ~THE PLACE~」

また、このラウンジではコーヒーも無料で飲み放題になっていまして、長期滞在の方がこちらで仕事をされている姿なども見かけます。コロナ禍の影響が長引き、遠方への旅行を控えていらっしゃる方もまだまだ多いと思います。近くの都心のホテルで、ゆったりと贅沢な時間をお過ごしいただくのも良いのではないかと思っています。

「笑顔があふれるホテル」であり続けるために

――お客様と関わるうえで、スタッフの方々が大切にされていることがあれば教えてください。

杉浦さん:フロントやレストランなど、お客様と直接接するスタッフについては、まず「笑顔」ですね。お客様が緊張してしまうようなサービスではなく、「気さくであたたかみのあるサービス」を目指しています。「笑顔があふれるホテル」であり続けるために、従業員の意識の統一を図る目的で「CSミッション」を定めカードにして全従業員が常に携帯しています。「CSミッション」を達成するために10のキーワードを決め、それらを行動の指針にしています。

私もこの制作に関わった一人なのですが、個人的には「先読み」というキーワードが特に気に入っていて、お客様が声にされる前に気持ちを察する、ご要望を先読みしたサービスをご提供したいと思っています。

「笑顔があふれるホテル」であるために、さまざまな取り組みがおこなわれている
「笑顔があふれるホテル」であるために、さまざまな取り組みがおこなわれている

絶えず変化する新宿は、ダイナミックさも静けさも楽しめるエリア

――西新宿エリアの魅力は、どのような点にあると思われますか?

杉浦さん:バブル景気の終焉、リーマンショック、東日本大震災など、この50年はまさに激動の時代でしたが、その中で私たちがこうして「業界初」と言われるようなチャレンジを続けてこられたのは、この新宿という街の若々しさ、躍動感、混沌さを飲み込んでしまうダイナミックなカルチャー、といったものが背景にあったからだと思っています。

そして、そのダイナミックな新宿の街は、このコロナ禍の中でも着実に進化を続けていまして、「西新宿スマートシティプロジェクト」が始動したり、中央公園には先ほども触れた「SHUKNOVA(シュクノバ)」という新しい施設がオープンしたりしています。

SHUKNOVA(シュクノバ)の様子 Photo ©2020 Nacása & Partners Inc.
SHUKNOVA(シュクノバ)の様子 Photo ©2020 Nacása & Partners Inc.

さらに2022(令和4)年の4月には、京王電鉄とJR東日本から「新宿」駅の西南口地区の開発計画が発表されましたが、当ホテルとしてもさらなる街の賑わい創出に期待をしているところです。そういったダイナミックさ、絶えず変化する様子というのも、新宿ならではの魅力かと思います。

それでいて、地区ごとに個性もはっきりしていますね。混沌とした独特の魅力がある東側、静かでいて思いのほか緑が豊かな高層ビル街である西側、その対比も新宿ならではの面白さかなと思います。

――西新宿のおすすめスポットがありましたら教えてください。

杉浦さん:西新宿8丁目にある「成子天神社」の境内に富士塚があるのですが、そちらが個人的にはおすすめです。1920(大正9)年に富士山から運んだ溶岩を置いて造成された富士塚ということで、地元の方には「成子富士」と呼ばれているそうですが、高さが12mもあって、なかなか見ごたえがあると思います。

実は私も、休みの日にも新宿に来て、ぶらぶらと散歩をしたりするのですが、歩いてみると意外に歴史的なものや、緑があふれる遊歩道があったりしますので、高層ビルを見上げこの地の歴史を思い浮かべながら散策するというのも、新宿の楽しみ方の一つかなと思います。

お客様のニーズに寄り添い「チャレンジ」精神を忘れずに

――ホテルの今後のビジョンについてお聞かせください。

杉浦さん:「京王プラザホテル」は、開業以来、「先進的な発想と実現力」で常に文化や情報を発信し続け、新都心、ホテル業界、日本のツーリズムに新風を送り込んでまいりました。また、このコロナ禍でもお客様の声に耳を傾けながら、笑顔になっていただける企画をずっと考え続けてきました。どんな時代になっても、これからも「チャレンジ」を続けていきたいという思いは、この50周年の節目に改めて、全社で確認をしたところです。

広報としても、「あのメニューを食べたいから、あの体験がしたいから、京王プラザホテルに行く」とお客様に言っていただける、旅の目的地としての「デスティネーションホテル」となれるよう、常にお客様の視点に立ち、お客様のニーズに寄り添いながら、今後もさまざまなご提案をしていきたいと思います。

「京王プラザホテル」
「京王プラザホテル」

京王プラザホテル

営業戦略室 企画広報 支配人 杉浦陽子さん
所在地:新宿区西新宿2-2-1
電話番号:03-3344-0111
URL:https://www.keioplaza.co.jp/
※この情報は2022(令和4)年9月時点のものです。

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