「学びの構造転換」をテーマに授業の改善に取り組む「杉並区立井草中学校」
西武新宿線「上井草」駅から徒歩5分。閑静な住宅街に囲まれた「杉並区立井草中学校」は近代的なつくりが印象的だ。1948(昭和23)年の開校より76年の歴史がある学校で、現在の校舎は2013(平成25)年に建て替えが行われたそうだ。生徒数およそ490名の規模の大きな学校で、日々どのような教育活動が行われているのだろうか。
今回は2022(令和4)年度に着任された田口克敏校長先生を訪ね、「杉並区立井草中学校」の概要や注目すべき取り組み、学校周辺の地域の魅力についてお話を伺った。
1948(昭和23)年に開校した「杉並区立井草中学校」
――まず学校の沿革および概要(生徒数、学級数など)について教えてください。
田口先生:「杉並区立井草中学校」は1948(昭和23)年の開校で76年目を迎えます。西武新宿線「上井草」駅から歩いて5分ほどの距離にあり、閑静な住宅街に囲まれています。現在の校舎は2013(平成25)年に建て替えられたもので、太陽光発電パネルや屋上緑化など環境に配慮されたつくりになっています。
生徒数は2023(令和5)年5月現在491名です。普通学級14クラス、特別支援学級3クラスあわせて計17学級で運営しています。ひと学年2〜3学級編成というところが多い区内の他の中学校と比べると学級数が多く、このあたりでは「井荻中学校」「中瀬中学校」そして本校が大規模校にあたります。
2024(令和6)年度は180名の新入生を迎えましたが、「桃井第四小学校」、「三谷小学校」、「四宮小学校」のほか、区内のさまざまな学校から子どもたちが来ています。
杉並区の教育課題研究指定校として「学びの構造転換」をテーマに研究
――特に力を入れて取り組んでいる教育活動等について教えてください。
田口先生:本校は2023(令和5)年度と2024(令和6)年度の2年間にわたり、杉並区教育委員会の教育課題研究指定校として取り組みを進めています。研究テーマは「『学びの構造転換』を通して『自尊感情』を高め『なりたい自分』のきっかけをつかむ生徒の育成」です。
簡単に説明すると、これまでの学校の授業というのは教員が子どもに対して説明をしたり指示を出したり、子どもたちも黒板に向かって板書されるものを書き写すという、ある意味一方向的なスタイルの授業が行われてきました。それが昨今では主体的・対話的で深い学びとか主体的に学習に取り組む態度とか、思考力・判断力・表現力などそういうものを身につけさせようと授業のあり方が見直されるようになってきています。そこで「学びの構造転換」によって教員が主導的に授業を行うスタイルから、子どもたちが主軸となって学ぶスタイルへとシフトさせるという取り組みです。
教員から与えられた課題やテーマに則って、グループや隣同士で相談をしたり協議をしたり、子どもたちが主体的にまた活動的になって、子どもたち自身の学びになるような授業づくりを研究しています。
――具体的に変化として感じられることなどはございますか。
田口先生:私が着任した頃と比べても授業内でICTを活用した場面は増えましたし、1人1台のタブレットを使って双方向的なやりとりが可能になっています。杉並区ではロイロノートを使っているのですが、個々人の意見を電子黒板に集約してグループごとに検討したり協議をしたりするような場面は増えましたね。
授業の内容や目的によっては黒板に向かって子どもたちが授業を受けるという場面ももちろんありますが、できるだけ子どもたちが主体的に活動できる場面を増やそうと心がけて取り組んでいます。
経営計画や年間指導計画、評価基準などをホームページで公開
――ホームページに学年ごと、クラスごとの経営計画や教科ごとの年間指導計画、評価基準が公表されているのを拝見しましたが、どのようなお考えがあるのでしょうか。
田口先生:まず私たちが取り組んでいるのは公教育ですので、公開するのが普通という考えを持っています。学校全体の経営計画や、学年ごとの目標をオープンにすることによって、こういう考えで学校は取り組んでいるのかと理解してもらうことにつながっていると感じています。
そこで今年度からは、学年ごとに各教科の年間指導計画をホームページ上で公開することにしました。また評価の基準についてもオープンにすることで、成績をつける際の判断材料を保護者にも明らかにしました。
田口先生:これまで学校の評価というのはある意味ブラックボックスになっていたため、一部の保護者にとっては評価に対する不満につながってしまうこともありました。一方、教員は評価基準をもとに成績をつけているため根拠はあるけど、それを示す機会というのはありませんでした。
そこでこの中身を、あえてオープンにすることにしました。評価の基準をオープンにすることによって、「この教科のこの単元を頑張ったから成績が上がったね」とか、「ここの部分がもうちょっとだったから次は頑張ってみよう」とか、学習に対するより目標がより具体的になっていると思います。
しかしこれは、公教育という観点で必ずしもやらなければならないことではないし、いまだに多くの学校では取り組んでいないことだと思います。つい先日5月11日(土)に保護者向けの説明会を行いましたが、学校全体でなおかつ全教科において評価の基準をオープンにしたのはおそらく他に例が無いんじゃないかと思います。
「子どもにとってどうなのか?」を基準に考える校長先生の思い
――先駆的で大変興味深い取り組みですが、校長先生が学校運営をするにあたって大切にされていることとはどんなことでしょうか。
田口先生:一教員として教壇に立っていた頃も、校長として学校運営を考える今も基本的には変わらないですが、「子どもにとってどうなのか」ということを基準に考えています。子どもにとって必要なことなのか、子どもにとって良いのか悪いのかということです。
「学びの構造転換」による授業改善もそのひとつですが、授業を改善することによってわかる内容が増えていけば、教科に対し興味・関心の扉が開かれるかも知れない。教員にとっては旧態依然の授業を続けている方がおそらく楽だと思いますが、子どもにとってはつまらない、意味のない、眠たい授業になってしまい、子どもによってはその教科に対し苦手意識がついてしまうかもしれない。
授業に対して興味・関心が持てないから、教科に対する興味・関心も当然育たないわけで、こうしたことは自尊感情などにもつながっていくと私は考えています。
地域とのつながりも大切にする杉並区の学校
――地域や保護者とのつながりはいかがでしょうか。
田口先生:杉並区には「いいまちはいい学校を育てる〜学校づくりはまちづくり」というキャッチフレーズがありまして、今も継承されている考え方かなと思います。地域と共にある学校という視点は私も大事なことだと思っています。地域との関係性であるとか関係小学校との連携というのも非常に重要だと思いますが、他の学校と同じように本校もコロナ禍の影響によってその関係性がいったん途絶えてしまいました。私が着任する前のことですが、2020(令和2)〜2021(令和3)年度あたりは、学校支援本部の活動も含めてほぼストップしていたようです。それがいまようやく元に戻りつつある状況で、今年度あたりは以前とそれほど変わらないような状況に戻せるだろうと思います。
田口先生:教員だけで学校運営ができる時代というのはとうの昔に終わっているわけで、学校支援本部や地域の人たちの力を借りることは私はとても大事なことだと思いますね。
教員が持っている能力や人脈、ツールというのは当然限られるわけですから、学校の外にいる人材や組織などを活用することはとても重要だと思います。より専門性が高いことや、子どもたちが興味・関心を持つようなことを提供できるのであればそれらを使うことに躊躇はしません。
具体的なところでは中学2年生で行う職場体験というのがありまして、本校も9月下旬に予定しています。子どもたちを受け入れてくれるお店や企業など、教員が直接働きかける場合もありますし、学校支援本部に依頼して受け入れ先との調整などお手伝いをしていただいています。
田口先生:あとは地域の活動に子どもたちが参加できるようお祭りやイベントの案内など周知のお手伝いもしています。また地域の活動に参加したことによって子どもが感謝されたり表彰されたりしたことを学校としてもきちんと取り上げるようにしています。こういう地域とのつながりはこれからも大事にしていきたいと思っています。
子どもの教育に関心が高い地域。杉並区らしい整備された街並みも。
――学校周辺の地域の魅力についてお聞かせください。
田口先生:ひとことで言うと、杉並らしい地域です。整備された街並みや戸建ての土地の広さなど、閑静な住宅街という表現にぴったりなところだと思います。また住んでいる人たちは所得も高く、教養のレベルも高い。学校説明会や保護者会の参加状況をみても、こんなに来てくれるんだと驚くくらい参加率が高いです。おそらく共働きのご家庭も多いはずですが、都合をつけて来てくださっています。それだけ子どもの教育に関心が高いということですね。
先ほどお話しした評価の説明会にも多くの方が参加してくれました。また説明会の後に質疑応答の場を設けたら、色々なご意見もいただきました。鋭いなって思うことや、気づかされることもあって、あらためてこの地域の教育に対する意識の高さを実感したところです。
――子どもたちの印象や特徴として感じることなどはございますか?
田口先生:基本的にこの地域の子どもたちは良い子だと思います。個々の学力レベルも高いですし、能力が高いがゆえに忖度する力も強い。それを直接的に感じるのはおそらく教員だと思いますが、私も参観するかたちで見ていると交わされる言葉のレベルが優れているなと感じます。
また、最近の出来事で印象的なのは、子どもたちが私のところに来て直訴するということが続いています。卒業式で歌う歌や体育祭の種目について、それぞれ自分たちの考えを聞いて欲しいと、昨年度は自分たちで集めた署名まで持って来たんです。
私としては校長に直訴すればなんでも通るということを学ばせたくないので、その場はいったん考えを聞いて、改めて担当の教員と話し合うように促しましたが、そういうことのできる能力の高い子どもたちなので、その活かし方が大切だと思います。
田口先生:私がこの学校に来て感じたのは、子どもたちの能力が高くて色々なことができるのに、それを活かしきれていない状況があると感じます。教育課題研究指定校として指定を受けたこともそうですが、教員たちには日々考えて授業をするように伝えています。
今の時代は学校ではなくても学べるし、タブレット1台あれば教育コンテンツもたくさんあります。本人次第では日本ではなく、海外の教育を受けることもできます。それなのに教員の多くは自分が教わったように教えるだけで、何十年も前の授業を再現しているというのが大きな課題だと思います。
インターネットやAIによって、情報そのものには価値がなく知識を詰め込むだけの学習では立ち行かないことも分かってきました。むしろ将来必要になるのはそういった情報や知識を活用して新しいものを生み出したり課題を解決したりすることで、それに対応する教育ってなんだろうと、学校の存在意義って何だろうってことを真剣に問わなければいけないと思っています。
杉並区立井草中学校
校長 田口克敏先生
所在地:東京都杉並区上井草3-20-11
電話番号:03-3390-3144
URL:http://www.suginami-school.ed.jp/igusachu/
※この情報は2024(令和6)年5月時点のものです。