長泰寺 副住職 大谷有為さんインタビュー

尾張家の武士のための寺として始まり、市ヶ谷の地で500年以上の歴史をもつ「鳳仙山 長泰寺」

市ヶ谷駅から外濠を渡り、大通りを渡ると、その先には幾つかの坂道が上へと伸びている。そのひとつである「左内坂」は、江戸時代からその道筋が変わることなく残っている古坂のひとつで、かつては坂の上に幾つもの寺があった。その多くは明治時代に別の場所に移転していったが、その中でも唯一残っているのが「長泰寺」という曹洞宗の寺院である。現在は坐禅会を頻繁に開催するなど、坐禅の寺としても人気を集め、檀家以外にも多くの人々が訪れている。

今回はこの長泰寺で副住職を務めている大谷有為さんを訪ね、長泰寺の歴史と特徴、市ヶ谷エリアの魅力などについて広くお話を聞いた。

「長泰寺」大谷有為さん
「長泰寺」大谷有為さん

創建500年以上の歴史を持つ長泰寺

――まず、お寺の歴史と概要についてお聞かせください。

大谷さん: お寺の創建はおよそ500年前と言われておりまして、心巌舜応禅師(しんがんしゅんおうぜんじ)によって、現在の千代田区麹町三番町に造られました。今はお堀の外にありますけれども、当時は、お堀の中にあったんですね。

江戸時代には水戸、紀伊、尾張が徳川御三家と言われていましたが、長泰寺はそのひとつの尾張の中屋敷にくっついていたようなお寺でして、尾張家の武士のためのお寺として始まったということです。ですから、今でも何人かのお檀家さんは、尾張家にゆかりのある方々であると聞いていますし、松岡萬さんや森田清行さんなど、幕末に活躍された尾張家の士族の方々のお墓や、旗本であった武川家の墓所もあります。

お堀の外に移ったのは徳川家光公の時代で、お堀の外に尾張藩上屋敷(現在の防衛省敷地)がありましたので、お寺もこちらに移ってきました。

その後、明治になってお屋敷が廃止されて、士官学校になったわけですが、1909(明治42)年に、士官学校拡張のために土地が必要になったらしいんですね。だから、ここには長泰寺以外にもいくつかのお寺があったんですけれども、その施策により移転し、かつてこの近辺にあったお寺は、いま、杉並の環七の外側の辺りに移っています。本来ならばここも一緒に移転するはずだったと思うんですが、その時の住職が、どうしても動くのを拒んだんですね。それが、いまもここにある直接の理由だと思います。

江戸時代は尾張藩の屋敷に隣接していた
江戸時代は尾張藩の屋敷に隣接していた

――なぜ、長泰寺だけこの場所に残ることができたのでしょうか?

大谷さん:はっきりは分かりませんけれども、幾つかのお寺の中でもいちばん角地にあったので、それが通用したんでしょうね。その時代に、行政の流れに抗(あらが)うことはとても難しいことだったと思いますから、なぜうちだけ認められたのかということは、私にもよく分かりません。

これは憶測ですけれども、その当時の住職も、私と同じでこの東京の中心にあり、利便性もこの上ない市ヶ谷という場所が大好きで、他の場所に移ることをどうしても受け入れられなかったのではないかな、と思います。

中庭
中庭

市ヶ谷という街の変遷

――副住職は生まれも育ちもこの市ヶ谷ということですね。街の変遷については、どのようにお感じですか?

大谷さん:そうですね、私はここで生まれて育ったので、もちろん、しばらくは修行に行ったり、海外のお寺にいたことなどもありますけれども、ベースはここだと思っています。

そうした立場から市ヶ谷を見ましても、この50年程、街の様子はあまり変わっていないのではないかな、と思います。もちろんビルは増えましたし、加賀町にある大日本印刷のビルなども新しくなって、街を歩く人も増えましたけれど、それほど大きな変化は感じませんね。その理由はおそらく、お堀の存在だと思います。

四谷、飯田橋、水道橋などもお堀沿いの街ですが、その中でも市ヶ谷は、街のど真ん中にお堀がある街なんですね。でも、お堀の部分は、変えようがないわけです。もちろんお堀を埋めてビルを建てるということも可能かとは思いますが、もしそうしていたら、普通の街になっていたと思うんですね。

それを発展という人もいるでしょうけれども、私は、お堀が残されているからこそ、発展を免れて、だからこそ昔のままの風景が今も残って、現在の市ヶ谷の魅力になっていると思います。私などは、このお堀がある風景がすごく好きなので、眺めているとすごく落ち着きます。

市ヶ谷 外堀沿いの街並み
市ヶ谷 外堀沿いの街並み

――50年ほど前のこの街は、どういう街でしたか?

大谷さん:当時から山手線のど真ん中だったので、どこに行くにもすごく便利な場所でした。ですから、通学・通勤等には、これ以上ない便利な場所だったのかと思います。もちろんそれは今も変わっていないので、私がここからお葬式などに出かけていくにしても、すごく便利な場所ですね。

その一方で、「真ん中すぎ」ゆえに、昔は普段使いのスーパーマーケットなどが何も無く、私の母などは苦労していたみたいです。でも今はそうしたお店もできましたし、暮らす街としても便利になってきたと思います。昔は街の昼間の人口と夜の人口がぜんぜん違っていて、もちろん今も違うわけですけれども、最近はマンションなども増えましたから、少し状況は変わってきているのかな、と思います。

座禅の体験に訪れるのは日本人のみならず外国人も多い
座禅の体験に訪れるのは日本人のみならず外国人も多い

時代に合わせた新しい取り組み

――「長泰寺」ならではの独自の取り組みや、地域との協力関係について教えてください。

大谷さん:地域との関わりという意味では、うちは普通のお寺とはちょっと違っていまして、昔はお檀家さんがこの周りにお住まいだったんですけれども、今はほとんどの方が、ほかに移られているんですね。今、この辺りに住んでいるお檀家さんはほとんどいないような感じです。

郊外や田舎だと、すぐそばに檀家さんがいて、お寺に来てというようなことがあると思いますが、そのような形での地域との関わりは少し薄い寺院かと思っています。東京の都心部、その中でも中心に位置するお寺の特性かもしれません。

檀家さん以外の方がお寺に来るきっかけとしては、やはり、坐禅(ざぜん)が大きいですね。住職は日本語で坐禅会をやっていますが、私は英語の坐禅を担当しておりまして、日本人の方はもちろん、外国人の方も坐禅に来られています。やはり場所が便利ですから、気軽に来ることができるのでしょうね。昔はアメリカの方が多かったんですが、最近はヨーロッパの方が多いです。

あと、今の住職が、大学関係を含めて中国との禅の交流を日本での第一人者として推進していますので、中国のお寺の方がお参りに来られることも多いです。国際色が豊かなお寺と言えるのでしょうね。これも、市ヶ谷というロケーションならではなのかな、と思います。

あとは、お墓や納骨堂を求められる方もよく来られています。今はちょうど、新しい納骨堂を作っている最中なのですが、普通のお墓の形だと維持をしていくのが大変な時代になってきていますので、小さな納骨堂で、値段は安く、期間も短く入れるようなものが求められていて、新しい納骨堂はどなたでもお入りいただけるものとなりますので、そういったことも、地域の方にとっての「安心」につながっていくのではないかな、と思っています。

法事や納骨だけでなく、座禅体験や御朱印など、様々な目的で人々が訪れる
法事や納骨だけでなく、座禅体験や御朱印など、様々な目的で人々が訪れる

――そのほか、地域の方に「お寺をこんな時に活用してほしい」という提案があれば教えてください。

大谷さん:ひとつはいまお話をした、納骨の新しいスタイルですね。ここに住まわれる方が、「お墓のことをどうしよう」と思った時に、こういう形もあるということを知れば、安心につながるのかな、と思います。

お寺にいらっしゃる方というのは、基本的にはお参りに来たり、お墓を探しに来たり、法事をしたりという方が中心になってくるわけですけれども、もちろん坐禅だけを体験に来てくださってもいいですし、御朱印を求めて来られる方も、最近は多いです。若い方もけっこう来られますね。

古くから大切にされている「長泰寺」のご本尊
古くから大切にされている「長泰寺」のご本尊

――お寺の見どころについて教えてください。

大谷さん:やはり、一番は古くからある本尊です。本尊はお堀の向こう側にあった時代からのもので、お寺の建物は第二次大戦の空襲で一度焼けているんですが、その時にも過去帳とこの本尊だけは、背負って持ち出したそうです。

ほかには、士官学校の時代に作られた「祭馬碑」が珍しいと思います。門の外側の急な坂で、昔は士官学校生が馬で急坂を駆け上がる訓練をしていたらしいんですね。その時の馬のたてがみを祀っているものです。日本ではこれが唯一らしいです。隣には江戸時代に造られた宝篋印塔があって、こちらは江戸時代後期のものと言われています。

士官学校時代に作られた「祭馬碑」
士官学校時代に作られた「祭馬碑」

市ヶ谷に暮らすことの魅力

――近隣に暮らす方に向けて、何かメッセージがあればお願いします。

大谷さん:お寺というと、一見「入りにくい」というイメージがあるかもしれませんけれども、お檀家さんでなくても、どなたでも来ていただける場所ですので、ぜひ気軽に来ていただければ、と思っています。

亡くなった方に対して拝むだけではなくて、いま生きている方に対しても、安心(あんじん)を得ていただくのが、お寺の本来の役割だと思っていますし、ちょっとしたお悩みに関しても、すべてにお答えするのは難しいですけれども、少しでも気持ちが安らぐように、お話をさせていただいています。

私は、お寺が皆さんの心のよりどころとなれれば、最後の按針を得るところになれれば、それが本来の姿であろうと思っていますし、お寺の存在意義だと思いますから、いま生きている方が、いかに安心を得て過ごせるか、というところに寄り添っていきたいと思っています。

――最後に、市ヶ谷地域の魅力について教えてください。

大谷さん:やはり、市ヶ谷のこのロケーション、この位置の素晴らしさだと思います。山手線のど真ん中というロケーションは、ほかのすべてのものを凌駕してしまうような魅力であると思います。もしここに住まわれたら、「これ以上ない、すごいところに住んでいる」といった感覚を持てると思います。

神楽坂の石畳
神楽坂の石畳

お寺に来られた方の中にも「前は目黒に住んでいたけれど、どうしても市ヶ谷に憧れがあって移ってきた」という方もいらっしゃったくらいですので、「都心に住む方々も憧れる場所」という一面はあるのかもしれません。

そんな場所ではありますが、私たちみたいな昔ながらのお寺もありますし、かしこまるような部分はないと思いますので、ぜひ実際に住まわれて、市ヶ谷の良さを実感していただければ、と思っています。

長泰寺 大谷有為さん
長泰寺 大谷有為さん

曹洞宗長泰寺

副住職 大谷有為さん
所在地:東京都新宿区市谷左内町11
電話番号:03-3269-0413
URL:http://www.sotozen-navi.com/detail/index_130141.html
※この情報は2020(令和2)年2月時点のものです。

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