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ベッカライ・ブロートハイム
店主 明石克彦さん

明石さんが語る、長年愛され続けるパンへの「想い」とは

桜新町の駅前から北に徒歩5分ほど歩くと、ヨーロッパ風の建物の1階に入っている、対面販売のパン屋がある。ここ「ベッカライ・ブロートハイム」は、地域に根ざした日常遣いのパン屋さんであると同時に、遠方や海外からも、わざわざ訪れる人が絶えない側面も持っている。
今も毎日店に立ち、真摯な姿勢でパンと向き合っている明石氏は、ここで生まれ育った生粋の地元民だという。今回は明石氏に店の特徴と、地域の魅力についてお話を聞いた。

まず、明石さんがこの桜新町に店を持った経緯について教えてください。

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ここは桜新町というよりは弦巻なんですが、僕の実家がここでしたから、もう63年、ここにずっと住んでいるんですね。生まれ育った場所なんです。

パン屋を開きたいと思ったのは、30年ぐらい前のことでした。僕は就職して最初、レストランの企画室に入ったんですが、だんだんと調理も手伝うようになって、気がついたら調理場のチーフになっていたんです。でもその時、パンの扱いが余りにもぞんざいだったので、「料理がかわいそうだな」と思ったんです。それがパンに目覚めたきっかけですかね。

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「パン屋を出そう」と決心した頃はバブルの時代でしたから、不動産屋を回ってみても、「パン屋さんでしょ。テナントを借りるのは難しいと思うよ」なんて言われて。悔しい思いをしました。桜新町以外にもいろいろ探したけれど、やっぱり、パン屋に合う物件が無くて、あったとしても、保証金や家賃が高すぎたんですね。

だから、「自分が住んでいるところを改装して作るほか無いな」ということになって、それまであった家のガレージと、おやじの書斎を崩して、小さなパン屋を作ったんです。それで18年やって、10年ぐらい前にリニューアルして、現在に至るというわけです。最初の店は、2~3人も入れば一杯になるような店でしたね。

当初から店の主役はドイツパンだったそうですが、なぜ、これを看板商品に据えたのでしょうか?

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僕が店を始めようと思った頃には、もう「ブーランジュリー」って名前を付けたフランス風のパン店が沢山あったんですね。だけどドイツパンの店はほとんど無くて。「一人やふたり、違うことをやる店があってもいいかな」と思ったのが、ドイツパンにした一番の理由ですね。みんなと同じにはなりたくなかったんです(笑)。

それに、ドイツパンにはフランスパンに無い魅力があるんですよ。フランスのパンと比べるものでは無いけれど、味わい深いものがあります。だから、僕はドイツパンを知ってから、これをある程度専門的にやりたいという気持ちはありました。だから「ベッカライ」と「ブロートハイム」という、ドイツ語の名前を付けたんです。ちなみに、ベッカライはベーカリー、ブロートはパン、ハイムは「家」とか「ふるさと」という意味なんですね。

ドイツパンならではの特徴とは何でしょう?

フランスとドイツは、隣の国なんだけど文化も気候風土も全然違いますから、いわゆる「ドイツパン」と言うと、ライ麦を主体としたパンを指しますし、一方で、フランスのパンは小麦が主体です。そこが主な違いですね。ドイツパンはライ麦由来の、黒っぽい色合いになりますし、少し酸味のあるパンになります。

種(たね)も違いますね。ドイツパンはライ麦から作る「サワードウ」(サワー種)を作らないとできないんです。フランスにも同様なルヴァンという種があります。一般的にはパン酵母を使用して作るものが多いです。

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ただドイツとフランスどちらのパンに関しても、うちは「自然種(しぜんだね)」を使っているものもあります。「天然酵母」の表記は業界が自粛しています。世間一般ではレーズンなどから作った酵母を「天然酵母」なんて言っていますが、パンの酵母というのは麦を使うのが本来なんです。中でもドイツパンは、ライ麦から作った自然種である、サワードウを使うのが、伝統的な手法なんですね。

うちは、ドイツパンを常時12~13種類くらい並べていますので、いつ来ていただいても、オーソドックスなものは全部揃っていると思いますから、ぜひ出来たてを一度味わってほしいですね。

明石さんのお薦めのパンは何でしょうか?

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全部お薦めしか並べていませんけれども、やはり、うちはドイツパンとフランスパンがメインになってくるので、ライ麦比率が70%以上のドイツパンと、基本的なフランスパン、バゲットなどが、敢えて言えばお薦め商品でしょうか。

ドイツパンの代表ということですと、「ベルリーナ・ラント・ブロート」などはライ麦比率が70%以上のドイツらしいパンですし、サンドにしても、トーストしても美味しく食べられます。

フランスパンでは「パン・ド・ロデヴ」が珍しいですし、面白いと思います。切りっぱなしで成形もしていない生地から作った、フランスのロデヴ地方に伝わる伝統的なパンでして、私もこのパンの普及活動に携わっていますから、是非インターネットで検索してみて下さい。

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形が面白い「ラウゲンプレッツェル」も、ドイツを代表するパンのひとつですね。塩味が効いた独特な味わいです。

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うちはよそのパン屋さんと比べると、調理パンは少ないし、ドーナツもやっていないし、華やかなデニッシュも無いですし、そういう点ではお客さんとしては物足りないと思っているかもしれないけれど、できる範囲内で、いいものを作ろうということでやっています。

10年前の改装でカフェ「ゼーバッハ」を新設されたそうですが、この狙いについてお聞かせください

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パン屋は本来、パンを食べる提案をちゃんとして、ようやく完成だと思っています。作って売るだけでは未完成なんですね。パンについては私達職人がプロであり、普通の人よりは詳しいはずなので、買ったものを食べられる場所を作って、「こういう食べ方はどうでしょう」という提案までして、完成だと思っています。だから別に席が無くても、立って食べられるスタンドがあるだけでも良かったんですけれどね。

「こだわり」という言葉を使わないのがポリシーとお聞きしました

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そうなんです。僕は「こだわり」という言葉が嫌いでしてね。「こだわり」というのは、職人から見れば「当たり前のこと」なんですよ。その場だけで使う「こだわり」は不誠実だと思っておりましてね、僕自身は「当たり前のこと」を「当たり前にやる」ということを心がけています。

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うちではいつでも、代表的なパンは切らさないようにしていますし、今でもレシピはほぼ全部、僕が作っています。若いスタッフが4時前から仕事を始めていて、僕は7時半ごろに厨房に入る、という具合ですね。

では、数ある「当たり前」の中でも、一番大切にしていることは何でしょうか?

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もちろん、大切にしていることは沢山ありますよ。でも一番は「発酵」です。これはパンの命ですね。パンはすべて、発酵が関わらないとパンにならないんです。その発酵をいかにいい状態で進め、次に育てていくか。それがパンなんですよ。

ただし発酵というのは、もう僕らが手を加えられない領域なので、できることは、「環境を整えてあげる」ということだけなんです。もとの生地を作るまでが、僕らが手を加えられる部分で、それから先は「神頼み」しか無いんです。

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ヨーロッパの田舎でパンを作っている人を見ていると、パンを発酵させる時に、生地に十字架を書くんですね。もうこれから先は私達の領域ではない、という意味なんです。釜に入れるときもまた十字を書きますが、これも同じです。

焼きあがったパンを食べる時にも、一般的に一家の主が、パンを切って家族に分けるんですが、その時も、パンの裏に包丁で十字を切ってから切り分けます。もちろん宗教の関係もありますけれど、それが本来の正しい姿なんですね。誰かの命を自分のためにいただきますよ、という意味で、食べ物というのは、神様から授かったものという考えなのでしょうね。

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だから僕もパンは「作る」ものではなくて、「育てる」ものだと思って向き合っています。生地は生きていますから、発酵させる時や成形する時に、もしエアコンの風が当たっていれば、生地が「風邪をひいている」と言ったりします。いい状態で発酵させるための条件というのは、ひとつひとつの生地について全部違うんですけれど、それが一番大事なところだと思っています。

定番ラインは年中扱っているということですが、季節限定の新作などもあるのでしょうか?

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新作というよりは、毎年同じ季節になると同じものが並ぶという具合ですが、フルーツを使ったデニッシュ系のものなどは、季節ごとに変えています。今はまだアップルパイをやっていますが、林檎が手に入らなくなれば消えますし、フルーツのデニッシュも、6月はブルーベリーやさくらんぼが時期なのでそれをやっていますけれど、7月のは桃の時期がやってきますね。毎日変わるものは無いですが、季節ごとに変わるものは沢山あります。

お店として狙っている客層と、実際に訪れる客層についてお聞かせください

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僕はもともと、半径500メートルの範囲の人に来てもらえればいいかな、と思ってやっていますから、やっぱり弦巻や桜新町の方が大半ですね。パンって身近なものだから、駅やターミナルや百貨店で買うものじゃないんですよ。その日のパンは近くのパン屋で買って、新鮮なうちに食べる。それがパン屋だと思うんです。

今の日本人は一億総グルメになってきて、遠くまで美味しいものを買いに行く人が増えていますね。確かに、僕自身も時々そういうことをしていますけれども、だけど、パンこそ、近所にいいパン屋さんがあればそこで買うべきだと僕は思うんです。

ご近所だと、「パンってこういうものだよ」という啓蒙もできるじゃないですか。フランスパンは硬いイメージだけれど、実は、焼き立てで数時間以内に食べれば、外側はカリッとして、中身は柔らかいパンなんです。そういうことを半径500メートルの人には知ってもらいたいんです。

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実際に来られる方は、うちは、意外と男性のお客さんが多いんですよ。僕くらいの年代のオヤジが、甘いものじゃなくて、しっかり、「パン」と呼ばれるものを、大きなままで買っていくんです。小麦と酵母と塩と水だけのものをですね。そういった方々は、パンに求めているものも、僕たちが考えているものと合っているんでしょうね。

長く通ってくださる常連さんも多いですね。うちがオープンした頃は小さかった子どもたちが、今は親になって、同じような年齢の子どもを連れてきたりします。

最後に、桜新町エリアの魅力についてお聞かせください

この辺りは、今でも世田谷で一番緑が多いところの一つだと思いますね。昔はうちの向かい側はずっと畑だったし、近くには湿地があってクチボソがいたし、「新町公園」には昔、大きな池があって、そこで筏(いかだ)を組んで、池の真ん中の島に渡ったりしていました。東京タワーも見えたし、反対側には富士山も見えたものですよ。

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桜新町という場所は、もともとは不便な場所だったと思うんです。地下鉄が出来るまでは満員のバスで「渋谷」に行くのが唯一の交通手段でしたからね。でもその分、「人として住む」という観点ではすごく良い場所だと思うんです。今は建物が多くなって、景色が見えなくなってしまったんですが、交通や買い物では、色々と便利になってきましたね。でも住みよさという面では、まだ魅力は失われていないと思います。

住んでいる方は上品な方が多くて、常識がありますから事件なども起きませんし、そういう点でも住み心地は良いですよね。心穏やかに、人間味のある暮らしが送れる地域と言えるのではないでしょうか。

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今回、話を聞いた人

ベッカライ・ブロートハイム

店長 明石克彦様

所在地:東京都世田谷区弦巻4-1-17
電話番号:03-3439-9983
営業時間:7:30~19:30
定休日:月曜日、第1火曜日
ご予約:前日19:00まで

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