大森山王を知ろう!【第1回】歴史と文化に抱かれた地は、子どもを育むのに最適

憧れの住宅地は、子育てにも最適な地として注目を集める

関東大震災は、文化・教育面においても、大森山王エリアに変化をもたらした。

横浜にあった東アジア初のドイツ人学校であるドイツ学園(ドイツ連邦共和国の国営学校)が、震災の難を逃れて大森山王に移転。1991年に再度横浜に戻るまでの約70年間、ドイツ人をはじめ多くの外国人が暮らすインターナショナルな街として賑わうことになる。校舎近くの通りは現在、「ジャーマン通り」として残っている。

ドイツ学園
●「ドイツ学園」は震災の難を逃れて1925(大正14)年に大森山王へ移転

ジャーマン通り
●かつてこの地にドイツ学園があったことに由来する「ジャーマン通り」

また震災後、大森山王地区の人口増加を受けて、新たに小学校が設置された。明治時代の政治家・井上馨の別荘跡地を譲り受けて、尋常小学校として開校。1953(昭和28)年、現在の「大田区立山王小学校」に改称した。大田区立の中でも「通わせたい小学校」として知られる小学校だ。

大田区立山王小学校
●教育熱心な家庭が多く集まる山王エリア。「大田区立山王小学校」はその学区内にある

田園調布と並ぶ高級住宅地の学区とあって教育熱心な家庭も多く、小学校・中学校受験を考える家庭も少なくはない。そのため大森山王エリアには、小中学受験のための大手塾や個人教室、幼児教育施設などが数多く点在している。

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