大森山王を知ろう!【第1回】歴史と文化に抱かれた地は、子どもを育むのに最適

いにしえより人々の生活が営まれた土地は、歴史と文化に育まれ、憧れの住宅地へ

JR京浜東北線「大森」駅周辺は駅を境目に、東は南大井・大森北エリア、西は山王エリアに分かれており、山王エリアは、緑豊かで閑静な住宅街となっている。

山王エリアが住宅地として発展した背景には、「高台」という立地がある。周辺のエリアが、昔より水害や河川の氾濫に悩んできた中で、山王エリアは高台に位置しているため、そのような災害の影響を免れてきた。 そのため、周辺に住む人からも自然と「憧れ」の対象となり、人気の住宅地となっていったのである。

蘇峰公園
●戦前から戦後にかけて活躍した政治家、徳富蘇峰の居宅跡が公園として整備された蘇峰公園

JR京浜東北線「大森」駅のホームには、「日本考古学発祥の地」と書かれた石碑が建っている。この地で、日本考古学史上初の遺跡が発掘されたためだ。

1877(明治10)年、アメリカの動物学者E・S・モースが、列車で横浜から東京に向かう途中、大森を過ぎたあたりで車窓から貝塚を見つけ、発掘調査を行った。その結果、縄文時代後期(約3000年前)の遺物が出土し、「大森貝塚」として国の史跡に指定されている。つまりこの周辺のエリアには、3000年以上前から、人々が暮らしていたということになる。

貝塚碑
●「大森」駅近くにある「大森貝墟碑

明治初期には、「大森」駅が開通し利便性が向上。更に関東大震災でも大きな被害が発生しなかったことから、馬込から山王にかけてのエリアに、川端康成、北原白秋、山本周五郎などの作家や芸術家などが好んで移り住み、「馬込文士村」を形成。互いの家を行き来し交流を深めつつ、創作活動に打ち込んだ。

その名残は今も、緑深い寺社や住宅の多い閑静な街並みとして残り、今では、田園調布と並ぶステイタスを持つ高級住宅地となっている。

天祖神社
●天祖神社の石段に施された馬込文士村文士たちのレリーフ。歴史と文化を身近に感じられる

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