スペシャルインタビュー

地域と学校、保護者が一体になって子どもを育てる「町田市立町田第一小学校」

「町田」駅から歩いて5分の便利な場所に、驚くほど静かで緑豊かな小学校がある。それが「町田市立町田第一小学校」。消えつつある地域のイベントやお祭りを積極的に校庭で実施し、地域との繋がり・コミュニティを大切に育てている。「地域と学校、保護者が一体になって子どもを育てる」そんな理想的な教育が日々自然体で行われている、そんな町田第一小学校の宮島校長先生に教育活動について、地域とのつながりについて、街について、さまざまなお話を聞いた。

創立時の「向上の日々でありたい」という思いを引き継いで

町田市立町田第一小学校
町田市立町田第一小学校

―長い歴史を持つ御校の沿革を教えてください。

本校は1837(明治6)年に「浄運寺」の境内に建てられた「日新学校」からはじまり、「日新小学校」、「町田国民学校」と名称を変え、1952(昭和27)年に現在の「町田市立町田第一小学校」となりました。今年度は創設から143年目を迎え、親子3代で通ったご家庭も珍しくないほどの歴史と伝統を誇る学校です。 地域の方々が学校運営に深く関わってくださり、学校と保護者と一緒になって子どもを一生懸命に育ててくれる、そんな温かな環境です。
本校の前身である日新学校の「日新」という言葉には、今日は昨日にはない新しさがあり、明日には今日とは違う新しさが加わる、そのように向上の日々でありたいという思いが込められているそうです。古くからこの学校に綿々と受け継がれている思いと、今現在通っている子どもたち一人ひとりがつくりあげる学校らしさ、それがひとつになって「伝統」をつくりあげていくのだと考えています。
盆踊りやどんど焼きなど、失われつつある学校の行事たちが本校では未だに健在です。子どもや親、地域やの人たちが集まる場としての学校の役割がまだまだ残っていて、よい意味の「昭和のよき時代」が思い出される雰囲気ですね。

昔の町田第一小学校に関する掲示
昔の町田第一小学校に関する掲示

―玄関入ってすぐの二宮金次郎像も懐かしい雰囲気です。

恐らく昭和のはじめに設置されていたものが、1969(昭和44)年頃に鉄筋コンクリートの校舎にするための工事中に取り外され、長らく地下倉庫で眠っていたようです。2008(平成20)年、創立135周年にあたり、前校長がこの像を修復し建て直しました。二宮金次郎の教えに「積小為大(せきしょういだい)……小さいことを務めていけば、大きい事は必ずできる。小さい積み重ねを粗末にしてはいけない」という教えがあり、改めて子どもたちにも伝えています。本校の像は、夏はゴーグルをつけて虫かごを肩からかけて、冬はクリスマスの帽子もかぶります。親しみやすい二宮さんとして、子どもたちにも人気があります。

児童にも人気の二宮金次郎像
児童にも人気の二宮金次郎像

―特に力を入れている教育はありますか?

今年度は本校の教育目標「考える子ども」「ささえあう子ども」「たくましい子ども」のなかでも「ささえあう子ども」を重点目標に置き、子どもたちの心の教育に力を入れていきたいと考えています。と言いますのも、2018(平成30)年から「道徳」が教科化されることを受け、そのステップとして「関東地区小学校道徳教育研究大会」が本校で11月に開かれる予定です。関東地区の先生方・教育関係者の方々が本校に集まり、1年生~6年生まで全学級の道徳の授業を公開する予定ですので、教職員たちは今頑張って準備をしているところです。これまで後回しにされがちだった道徳の授業が教科化されることで、子どもたちの「心」にフォーカスを当て、しっかりと「心を育てる」環境を整えていきたいですね。

木のぬくもりを感じられる校内の風景
木のぬくもりを感じられる校内の風景

地域と学校と保護者がひとつになって育てる子どもたち

―学校開催の地域イベントが多いのでしょうか?

町内会主催の盆踊りや消防団の出初式、どんど焼きなども校庭を解放して行っています。どんど焼きは、地域の方々が竹の柱を校庭の中央に組み立て、そこに正月飾りや書初めなどを入れて燃やすのですが、神主さんを呼んでお祓いもする本格的な行事です。毎年4年生の児童が受付を担当したり、隣の第一中学校の生徒たちが豚汁を作ってふるまったり、子どもから大人まで一緒になって楽しむ本校の伝統行事になっています。 どんど焼きが終わった後は、「お父さんネットワーク」というPTAのおやじの会メンバーが自転車で町内のみならず「町田」駅の方まで巡回し、火の粉が飛んでいないかを確認して回ります。また消防団の方々が火を完全に消してくださり、校庭も隅々まできれいに掃除して終了します。
ひと昔前は、どんど焼きは多くの学校の校庭で行っていましたが、近年は「火を焚くのが危ない」との声が多くあがり消えつつある行事です。しかし我が町の町内会は、準備・運営・後始末までを完璧にこなし、誰にも文句を言わせない。こういった昔ながらの行事を大切にすることで、失われつつある地域コミュニティの火を消さない努力をしている稀有な街です。その会場として学校が中心を担えているということは、実に幸せですね。

町内会主催のどんど焼きの様子
町内会主催のどんど焼きの様子

―地域の方々が学校の教育活動に非常に協力的だとお聞きしました。

協力的というよりも、「子どもの教育活動を一緒にしてくださっている」という感覚に近いでしょうか。盆踊りやどんど焼きなどの地域の行事を一緒に行うことをはじめ、地域の老人会である「年輪の会」のみなさんが旗振りボランティアをしてくださって、主に低学年の子どもたちの下校を見守って下さったり、挙げたらきりがないほどです。
毎月1回、青少年県健全育成委員会の会合を本校で行っていますが、町会長さんをはじめ町会や地域の方々から近隣の小中学校の校長、保育士、PTAまでが集まり情報交換や問題解決のための活発な話し合いをしています。
この地域の方々は、子どもが悪いことをしていたら迷いなく叱ってくださる方ばかりですので、本当に昭和にタイムスリップしたみたいですよ。子どもは地域で育てるという意識が深く根付いていて、学校教育に協力する風土がある。私はこの学校を愛を込めて「都会の中の田舎の学校」と呼んでいますが、こういった地域の方々の学校への温かな眼差しも含めた呼び名です。

旗振りボランティアの様子
旗振りボランティアの様子

―「お父さんネットワーク」という「おやじの会」があると聞きました。

はい。そもそもPTAはお母さんたちが中心になりがちで、お父さんたちは「子どもの学校とどうやって関わっていいか分からない」という人が多い。そんななか、本校ではお父さんたちが活躍する行事を自ら考えて企画運営して、多くの“おやじたち”が子どもや地域のと関わりながら活動しています。
例えば、ペットボトルでロケットを作って飛ばすユニークなイベントを企画したり、入学式や卒業式で写真を撮影してあげたり(ここで新入生のお父さんたちへのリクルーティング活動もしているようですが)、色々と工夫を凝らした活動があります。
特に毎年夏休みの最後の土日では「学校に泊まろう」という宿泊行事があり、毎年40組の親子が避難所体験をしています。昼間は日赤スタッフによる担架作りや新聞紙スリッパ作りなどの活動、夕方は町内会の婦人部の方々が炊き出しをしてくださって食事をします。夜は停電状態を体験するために懐中電灯を持って学校探検をしたり、ダンボールでベッドを作って寝たりと、避難所体験として盛りだくさんの内容です。
この体験には「卒業までに一度は参加しよう」と子どもたちにも声をかけていて、一度参加すると「もしもの時はどうするか?」親子の話し合いのきっかけにもなっているようですね。

避難所体験として行う「学校に泊まろう」の様子。写真ははしご車の体験
避難所体験として行う「学校に泊まろう」の様子。写真ははしご車の体験

―避難所としての役割も担う学校ならではのイベントですね。

2000(平成12)年に起こった三宅島雄山の噴火はまだ記憶に新しいと思いますが、2005(平成17)年に三宅島への島民の帰島が許され、島に3校あった小学校が三宅小学校1校に統合された時、私は副校長として赴任しました。当時、帰島は許されたものの島内は火山ガスが蔓延していて、脱硫マスクをつけて火山灰に埋もれた学校を掃除し、校内の備品チェックなどの復旧作業を行う過酷な状況でした。しかし災害に関して多くのことを学びました。
噴火時三宅島では、寝たきりのおばあちゃんなども含め島民全員が無事避難でき、1人の犠牲者も出さなかった。それはなぜかというと、島民たちの地域コミュニティがきちんと機能していたからなんです。地域のつながりがあれば、子どもも年寄りも助けてもらえる。日常的に地域とコミュニケーションが取れていれば、いざという時に共助し合える関係が築けるのです。最後に頼れるのは、やはり人間同士の関係。だからこそ私は「学校に泊まろう」という避難所体験だけでなく、この地域を巻きこんだ行事やイベントを大切にし、積極的に教育活動に取り入れたいと考えています。

町田という素晴らしい街の特色を生かした教育

―隣接する「シバヒロ」を授業で使用することなどはありますか?

「町田シバヒロ」は旧町田市役所庁舎の跡地にできた全面芝生の公園です。これだけの広さと利便性を考えたら、マンションにも商業ビルにもできたと思いますが、町田市長の英断で全面に芝生を植えた公園へと姿を変えました。
生活や総合学習の時間などで使用させてもらうことも多いですし、放課後に子どもが自由に集まる場としても大いに役立っています。芝生で転んでも痛くないせいか、体を使って遊ぶ子どもが増えたような気がします。もちろん芝生の上に集まってゲームをする子どももいますが、子どもが集まれる場があるということだけでも私は有難いと思っています。保育園や幼稚園の子どもたちが昼間遊びに来る姿も見られますし、今月開かれるオクトーバーフェストなどのイベントも盛んですし、市民が集まる場・コミュニティの場として大いに機能していると思います。

「町田シバヒロ」
「町田シバヒロ」

―貴校が取り組んでいる「スクールボード校」とはどのような制度なのでしょうか?

「スクールボード」という言葉は、もともとアメリカで州ごとに教育委員会が置かれる前に住民たちが自分たちで学校を運営していた時期があり、それをスクールボード(学校委員会)と呼んでいたことによります。町田市ではその精神を大切にしようとの思いから、学校支援地域理事を各学校に配置して「地域協働」の学校づくり、つまりスクールボード校として学校運営をしています。

放課後の校庭の様子
放課後の校庭の様子

本校ではもともと低学年の生活指導補助員スタッフとして勤務していた女性が、ボランティアコーディネーターとして本校に派遣され、地域の方々と学校・子どもたちをつなぐ役割を担ってくれています。例えば「街探検の授業でスーパーに見学に行きたい」「お琴教室の先生を探したい」といった学校側のリクエストを伝えると、このコーディネーターが適したお店や人材を探してくれ、学校に紹介してくれます。本校のキャリア教育では、プロのサッカー選手や調理師、保育士、美容師など様々な職業の方々が出前授業をしてくださっていますが、これも全てコーディネーターさんの紹介によるものです。紹介するだけでなく、当日までの連絡やコーディネート、活動後は壁新聞のような写真入りレポートまでを作成してくれて本当に助かっています。
子どもは「地域」「学校」「家庭」が互いに協力しあって育てていくもので、どれが欠けてもうまくいきません。学校を中心にした地域コミュニティが確立することで、子どもたちを見守る目が増え、温かい環境で育っていくのだと思います。

コーディネーターさんがまとめた出前授業などの活動報告
コーディネーターさんがまとめた出前授業などの活動報告

―この地域の魅力を教えてください。

やはりこの地域力と町田市の「人に予算をかける」という風土でしょうか。労力を惜しまずに地域を盛り上げ、コミュニティを守る人々のエネルギーは作ろうと思ってもなかなか作れません。また町田市は決してお金持ちの自治体ではないと思いますが、各学校にボランティアコーディネーターを配置したり、教育に必要な人材への予算はきちんとつけてくれる自治体です。簡単なことのようで、実行するのはなかなか難しいと思いますので、子育て世代には住みやすく、教育熱心なよい地域だと思います。
もちろん駅前は便利で交通の便もよいですが、少し歩けば静かで緑豊かな住宅地も広がっています。実に魅力的で素敵な街ですね。

町田市立町田第一小学校

校長 宮島徹先生
所在地 :町田市中町1-20-30
TEL:042-722-3105
URL:http://www.machida-tky.ed.jp/e-machida1/mf00_top/mf00_index.html
※この情報は2016(平成28)年10月時点のものです。