旨いものが集まる街・日本橋

 	旨いものが集まる街

日本橋界隈には味の名店が点在している。

もともと魚河岸が関東大震災で築地に移転するまであったところだから、特に海産物問屋や寿司屋、天ぷら屋、鰻屋などにはことかかない。それに加えて、三越やタカシマヤといった老舗百貨店に集まる紳士淑女のお客様目当て、また明治座に集まる観劇ファン目当てのちょっと格式高いお店も数多く建ち並ぶ。こういう場所でひとりで食事をしようと思うとたいへんに悩む。果たして、男ひとりで入って食事をして野暮に見えないお店ってどんなところかな、と。

せっかくの日本橋散策なのだから迷ったあげくに、チェーンのコーヒーショップでサンドウィッチなんてことはしたくないし、間違っても牛丼屋ではない。逆にひとりできちんとしたレストランに入るのも仰々しい感じがするし、なんだかさみしそうだ。ごく個人的な意見としては、きちんとした身なりのおじいちゃんがピンと背筋を伸ばしてひとりでフォークとナイフで食事をとっているお店というのは信頼できる、と思っているのだが、残念ながらまだそんな枯れた味わいの出せる年ではない。

そうするとだいたい行くところというのは決まってきて、寿司屋か鰻屋、もしくは蕎麦屋ということになるのだ。しかし、これだけ業種を絞ったとしても、まだまだ選択肢はいっぱいある。これは銀座や丸の内には、いやいや日本でもここ日本橋ならではのことだろう。同じ寿司屋でも、値段や格式によって千差万別だし、ああ、あそこの玉子は今どき珍しく自家製なんだよな、とか室町のあの店は穴子の煮詰めが絶品だったよな、とか考えだすとキリがない。

鰻屋だってまずどんぶりにするか重箱にするかで悩まなきゃいけない。肝吸いはつけるとして、じゃあ、う巻きなら本町のこの店だ、いや、やっぱり山椒の香りは確か小舟町のあの店のほうが、なんてこれまたキリがない。やっぱり、あっさり蕎麦にしようかと思っても、蕎麦屋の場合は、蕎麦だけ、を目当てにするのか、お酒とつまみが魅力的な店も多いし、ここでまた悩むのだ。人形町のあの店の焼き味噌は熱燗に合うんだよな、なんて考えだしたら、その次に思い浮かぶのはやっぱり、室一仲通のあの店の鴨汁だ。

そうやって、なににするか、何処にするかを一生懸命考えて、決めたとする。ああ、美味しかった、やっぱり日本橋ならここだよな、なんて思ってお店を出て歩き出すと、なぜかさっき選ばなかったお店の前を通るはめになる。

「次は絶対こっちに来よう」

で、ひとしきり歩いたとしたら、次はデザートだ。はたして、人形町のたいやきなのか、室一仲通のモカソフトなのか、甘酒横町のあんみつなのか、それともちょっとがんばって室町の季節のフルーツ盛り合わせなんて手もあるぞ、とこれまたひとしきり悩む。

悩んだあげくに、結局三越のティーサロンでお茶とケーキに落ち着いたりする。やはり、ここに来て三越によらない手はないよな、なんて自分にいいきかせながら。

新宿みたいに歩くのに邪魔になるほどの人はいないし、丸の内のようにすべてがお高い店じゃない。渋谷の喧噪は疲れるだけだし、浅草ほど街は古くなっちゃいない。道はすべて平坦だから、歩くのにぜんぜん苦にならない。けっこうな距離を気づかずに歩ける街なんだな、日本橋って、そう思った。

さてと、そろそろ帰ろうかな、と思うと、今度は家で待ってるはずの家人の顔が思い浮かぶ。そこでまた、こんどはどんなお土産にしようかな、と悩むのだ。

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